2019年7月29日 長野県
北アルプス登山の完結編です。常念小屋に辿り着いた私たちを待っていたのは、難しい決断でした。
留まるか、それとも進むか
ここで同行していたタイ人10人の間で、この先の行動について意見が別れていました。
・残りはどちらでもいい
一般的な所要時間の目安によると、常念小屋から蝶ヶ岳ヒュッテまでは約4時間(下記の図参照)。この時点で14時半だったので、蝶ヶ岳ヒュッテに到着する時間は18時半(日没後)。これまでの私たちのペースを考慮すると、さらに遅くなる可能性もあります。
日没後に視界が見えなくなると、「遭難」の可能性がでてきます。
しかしタイ人たちはすでに翌日の午後15時発の松本駅から東京行きの新幹線のチケットを購入しているため、日程の融通が利かないようです。体力的にこのまま上高地を目指せる人もいるでしょう。しかし、どう考えてもタイ人女性のひとりが足を引っ張っているのは明らかでした。タイ人たちの国民性なのかどうかはわかりませんが、前半グループと後半グループとでここで別行動する、という考えはそもそもないようです。
私は最初からこの日は常念小屋に泊まるつもりだったので、意見がまとまらないタイ人グループから離れ、ひとり木陰でくつろぐことにしました。すると、タイ人メンバーのひとりが「山小屋の人が君を探している」と私を探しにやってきてしまいました・・・。
山小屋の人に怒られる
山小屋の前では、山小屋の男性と北アルプスに慣れている登山客の男性が、タイ人が蝶ヶ岳に行くのを必死で止めているようでした。山小屋の男性の代わりに、登山客の男性が仲介して英語で説得してくれていたようです。
山小屋の男性は私を見つけるやいなや、「君がリーダーなんだから、彼らをちゃんと説得してくれ。彼らが命を落とすことになったら、すべて君の責任なんだよ!!」と怒鳴ってきました。
私は日程的にも余裕があったので、ひとりでグループから離脱しても良かったのですが、彼らが日本語がわからないせいで露頭に迷うことがあれば困るし、ひとりであの常念岳(下の写真)を越えて行く気持ちにもなれなかったので、彼らと一緒に一ノ沢へ下山することにしました。
あの時は山小屋のスタッフの言い方がかなりダイレクトだったので腹が立ちましたが、今になって考えると、あのまま常念岳に向かっていたら、本当に遭難したかもしれません。
常念小屋からはショートカットの下山コースがあり、3時間ほど下ったところに「一ノ沢登山口」があるのです。一ノ沢登山口からは公共交通機関がないため、常念小屋の方が電話でタクシーを手配してくれました。
15:00 一ノ沢登山口へ向け下山開始
2泊3日の縦走予定で気合も十分だった私も、重い荷物のせいで足が痛くなってきていたので、ここで下山できて良かったのかもしれません。小雨も降ってきました。
一ノ沢登山口からスタートする方もいるようで、途中何組かとすれ違いました。彼らは常念小屋で1泊し、蝶ヶ岳へ向かうのかもしれません。
途中、水汲み場があったので、水を補充しました。一ノ沢登山口への道のりは長く、ゴツゴツした石場も多いため、下山中も体力がどんどん奪われていきます。
ようやく「山の神」まで辿り着きました。一ノ沢登山口まではあと500m!
登山が安全に終われるよう祈願し、山の神を後にしました。
ここで今回の登山に誘ってくれたタイ人のDewと話すチャンスがありました。彼はグループのリーダーで、上高地まで縦走したかったのだと思いますが、下山したのは賢明な判断だったと思います。「今度は槍ヶ岳に登るんだ!」と彼は早くも次の登山へと気持ちを切り替えていたようでした。
ここで前半グループと後半グループにかなり差がついていることに気付きました。後半グループには例のタイ人の女の子と彼女をサポートする男性が3名ついていますが、途中からまったく姿が見えなくなってしまいました。
18:30 一ノ沢登山口へ到着
私を含む前半グループは予定通り約3時間で下山することができましたが、なかなか後半グループの4人がやってきません。すでに登山口にはタクシー会社が手配してくれた2台のタクシー(ワゴン車とタクシー)が到着していました。
19時を過ぎると徐々に辺りが暗くなってきて、タクシー運転手たちもソワソワし始めました。先に下山したメンバーをタクシーに載せ出発するかどうか、という話も出ましたが、一ノ沢登山口は電波がないため、後発のメンバーやタクシードライバー同士との連絡が途絶えてしまう事情を考慮し、最終的に全員同時に出発した方がいいという結論に至りました。
タクシー運転手の提案で、後半メンバーを少しでも早く下山させるため、男性2名がヘッドライトをつけて彼らを探しにいくことにしました。最後の500m地点あたりで彼らと落ち合い、バックパックを先に回収してきたようですが、女の子はほとんど一歩づつぐらいしか歩けない状況だったということです。
最終的に後半グループが到着したのは20時半のことでした。足を痛めた女の子は、肩を両側から男性に支えられ、ほとんど歩けない状態でした。
下山後、全員で車で穂高駅へ向かいましたが、道中、酷い車酔いをしてしまいました。後半グループを待っているうちにすっかり体が冷えてしまったのと、男性たちの汗の匂い、グネグネした帰りの道で後部座席に乗っていたという条件が重なり、穂高駅に到着した瞬間、私は嘔吐してしまいました。旅先でこんなに具合が悪くなるのは、久々のことでした。
21:30頃 穂高駅へ到着
最終的にタクシーは待ち時間などの延長料金なども発生して、ひとりあたり2,000円ほどで済んだようですが、料金精算はすべてDewにまかせ、私は穂高駅の公衆トイレでうずくまり、動けるようになるのをひたすら待ちました。
私を待っている間、タイ人たちはスマホでこの日の宿泊先を調べ、無事に松本市内で宿泊先を確保できたようです。これから電車で松本市へ向かうとのことでした。私も運良く、2日前に泊まっていた穂高駅近くのゲストハウスにメッセージを送ったところ、空きがあると快く返事をいただくことができ、タクシーでゲストハウスへ向かうことにしました。
タイ人グループとは、余裕のない残念な別れ方になってしまいましたが、最後まで優しく素晴らしいメンバーでした。そしてこのような計画性に欠けた登山客をサポートしてくださった常念小屋のスタッフと南安タクシーの方々には、本当に感謝の言葉しかありません。また訪れることがあれば、体力やレベルを総合的に考え、余裕を持った登山スケジュールで登山を楽しみたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!