旅に出るといろんな人に会う。
偶然に再会し、特別な縁を感じる人もいる。
そんな、ひとりのベトナム人女性のことを綴ってみたいと思う。
偶然の再会
彼女と出会ったのは、ミャンマーのマンダレーの寺院だった。
現地のミャンマー人の女性と記念写真を撮ろうとしていた彼女を、手伝ったのがきっかけだったと思う。
名前はナンシー。
50歳ぐらいの細身の女性で、いつも背筋がピンとしていて、雰囲気はどこか上品だった。
マンダレーで知り合った後、実際に会える機会はないと思っていたが、ヤンゴンのゲストハウスのロビーで彼女と偶然再会した。驚いたことに、彼女は私と同じエアアジアの便でこれからバンコクへ向かうという。そしてバンコクを出国する日も私と1日違いで、私は特別な縁があると感じた。私たちは、バンコクの宿泊先のホテルで部屋をシェアすることになる。
地図やガイドブックを持たない旅の仕方
彼女はカメラやガイドブックは一切持っていない。
カメラはいつもスマートフォンを使っていたし、ガイドブックのかわりに、空港や宿でもらえる無料のマップをいつも携帯し、何かあると宿の人や道行く人に話しかけるのだった。
ランチを食べに外へ出かければ、彼女は通りを歩いているビジネスマンに声をかけ、評判のいいお店を聞き出す。そのお店の料理は、本当に美味しくてまいった。
こんな風に旅をしたら、同じ場所に行ったとしても得られるものが変わるのだろうか、とうらやましく思った。
旅に出ても美しくあること
ある夜、ホテルで彼女に「どうやったらそんなに若く美しくいられるのか?」と聞いてみた。
「ビタミンを採ることよ」
彼女によれば、ビタミンは女性ホルモンにとてもいい影響を与えるらしい。若々しく、いつもはつらつと動く彼女を見ていると、妙に説得させられるものがあった。彼女の食事はいつも質素で小食だったけれど、常にビタミンタブレットを持ち歩いていて、それをペットボトルの水に溶かして飲んでいた。
歩き疲れた夜は、丈夫なビニール袋に熱湯と塩を入れたものを私のもとに持ってきた。
「これで足浴すれば、その日のうちに足の疲れが取れるわ」
これは本当に利いて感動した。
私が洗濯物が乾かないと言うと、自分の使っていないタオルを手渡し、タオルで包んで水気を取ってから乾かすといい、と教えてくれる。彼女は旅の知恵というか、生活の知恵に満ちあふれた人だった。
彼女は荷物も常に少なかった。
機内に持ち込めるぐらいの小さなキャリーケースに、ワンピースなどの衣類をくるくると丸めて収納していた。そして、キャリーケースの中を大きく占めているのは、プレゼント用に持って来たという電子ケトルだった。以前ミャンマーを旅した時にお世話になったというドライバーに渡そうとしたが、連絡が取れず渡すことができなかったらしい。彼女は驚くほど几帳面で真面目な性格だった。
わかるまで相手に理解してもらうこと
自分の語学力は棚に上げて話をするが、彼女はそれほど流暢な英語を話すわけではない。はっきりいって文法もめちゃくちゃだ。それなのに「英語が下手だ」と言いながらも、彼女は相手が理解するまで何度も繰り返し話しかける。彼女の情熱には誰も敵わないだろう。
不動産関係の仕事を営む彼女は、40歳を過ぎてから英語の必要性を感じ、独学で英語を勉強したらしい。
もちろん私たちは、完全に意思疎通できていたわけではなかった。
彼女には独特の発音があったし、私の英語も同様に聞き取りにくいようだった。お互いに「今何って言ったの?」とか「意味がわからない」と言い合うこともあった。そのようなちょっとしたすれ違いから、少しぎくしゃくしたこともあった。
ある時、彼女が「ゾウを見に行きたい」と言った。
彼女の友人がその場所で撮った写真をFacebookにアップしていて、自分もいつか行ってみたいなと思っていたらしい。私たちはマップを見ながら、行き先の候補をあげて相談をした。私は正直乗り気ではなかったのだが、彼女は今度いつ旅行に来れるかわからないし、もしかしたらタイに来るのは最後になるかもしれないからと寂しげな表情を浮かべたので、私は一緒にゾウを見に行くことにした。
だが、事件は翌日バスの中で起こった。
バスに乗車した後、車内のきっぷ売りの女性に目的地を確認していると、彼女が「そこじゃない」と言い始めたからだ。彼女が行くつもりだったのはSafari Worldというテーマパークで、ドンムアン空港とスワンナプーム空港のちょうど間あたりに位置し、あまりアクセスが良いとは言えない場所にあるようだった。前日の話し合いでは「そこは遠いから」と却下していたのだ。代わりにエレファントキャンプへの行き方をホテルの人に確認し、私はちゃんとメモまで取っていたのに・・・。何て勝手なのだろう!
私は「何故、行き先をちゃんと言ってくれなかったの?」と彼女を責めた。
彼女はすぐに謝ってきたが、私の怒りは収まらなかった。最終的にSafari Worldへの行き方は全く調べていなかったものの、バスの中で親切な人がスマートフォンで調べてくれ、何とかバスとタクシーを乗り継ぎSafari Worldに到着することができた。2時間以上かかったが。
Safari Worldでゾウやキリンを見て嬉しそうにし、カメラを向けてはしゃぐ彼女の姿を見ていると、さきほどまでの怒りがバカらしくなってしまった。
サファリは子どもの団体やツアー客ばかりだったが、ショーや設備も素晴らしく、予想以上に楽しむことができた。何より、ここに来ることができたのは彼女のおかげだったのだ。
ありがとう、そしてまた会う日まで
短い時間だったが、彼女と過ごした時間はかけがえのないものだった。
「ベトナムに来る時には、必ず連絡をちょうだい。泊まる家は用意してあるから。」
別れ際に、彼女はそう言って私をハグしてくれた。
また会える日が来たら、ビールを飲みながらたくさん話をしよう。
そしてあなたの町のことを、いろいろ見せて聞かせて欲しい。
ありがとう、ナンシー。